⑪ J.D. サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」徹底考察!3、6、78、507。数字に注目してみた。
◂前回
はじめに
前回はこんな感じでした。
- T.S.エリオットの「荒地」が引用されている
- ワーリーウッドという架空の住所の意味
- 木はやはり重要 (リプシュッツ→リンデンの木)
- 牧神パンは癖が強い
考察
場面(1) 謎解き
こちらのページにリンクをまとめました。
場面(2) 謎解き
数字にもこだわりがあるはず
今回は3と6という数字に着目していきます。まずは結論から。
6→性的なものを暗示? or 六道?
全く結論になっていませんね。
突然ですが、キリスト教の三位一体説をご存知でしょうか。
- 父なる神(創造主)
- 子なる神(イエス)
- 精霊
は本来一体のものであるという考えです。
これがあることにより、キリスト圏では「3」という数字は神聖な意味を持ちます。
上記でほんの少しだけ触れたダンテの「神曲」という詩は、ものすごく3にこだわって作られていることで有名です。
3は聖なる数、ということで落ち着きました。
では6は?ということなのですが、これは性的なものの暗喩なのかな、というのが個人的な見解です。全く自信はありませんが。
比較的最初の段階でミュリエルは507号室(6が隠れている)に滞在中、というのが明かされます。そして、電話を待っている間に何をしたかについては④回で取り上げましたが、その中に、
She read an article
in a women's pocket-size magazine, called "Sex Is Fun-or Hell."
”ポケットサイズの婦人誌の「性は喜びか地獄」という記事を読んだ”
She moved the button on
her Saks blouse.
”『サックス』のボタンの位置をずらした”
サックスはSが大文字のため固有名詞(ブランド名かなにか)。
とあります。six, sex, Saks という形で韻を踏んでると考えられたので、性的なもののメタファーとしての6なのかな、と思いました。理由はほぼこれだけです。
でもこれだとシビルとの会話で6が何度も登場することの説明がつかないんですよね……。
六道だけもう少し詳しく見ていきます。
六道
六道とは、仏教において、衆生がその業の結果として輪廻転生する6種の世界のこと。
とWikipediaにあります。輪廻転生とくると「お……!」となります。死と再生がキーワードなので。
すべての人が、生前の行いの報いによって、死後に必ず行くとされる六つの迷いの世界。地獄・餓鬼・畜生の三悪道と、修羅・人間・天上の三善道とからなる。「りくどう」とも。
こちらはWeblio古語辞典から。こっちの方が分かりやすい。
六道と聞くとどうしてもナルトのペインを思い出してしまう。確かに「○○道」が6体居た。ペインの時、すごい盛り上がったな~。
サリンジャーは禅に傾倒していたことで知られています。
両手を叩いて鳴る音はわかる。しかし、片手を叩いて鳴る音はなにか?
――禅の考案の一つ
このようにナイン・ストーリーズは禅問答と共に幕開けることからも確かです。
しかしヴェーダンタ哲学も深く学んでいたようです。ヴェーダンタ哲学はインドに伝わる6つの正統派哲学の一つで、仏教はこれに対して異端哲学、つまり対極にあたるそう。うーん。分からぬ。
6になにか意味があるとは感じるのですが、これだ!という決定的なものは見つかりませんでした。何かご存知の方、是非ともお教えください。
追記: ノルマンディー上陸作戦の決行日、D-Dayは6月6日でした!こちらははざきしおり (id:hazakishiori)さんから教えていただきました。ありがとうございます。
小説や映画のレビューや解説をするブログを運営なさっているお方です。レビューというより学術的レポートでは⁈って感じでレベルが高すぎて…でも読むのが楽しいんです。勉強になりましたボタンを100回くらい押したくなります。そんなボタンはないが。
作中に登場する3と6
謎⑥ オリーブとろうそくは必需品⁈
ちびくろさんぼのトラの話の続きからです。
「六ぴきしかいなかったわよ」と、シビルは言った。
「六ぴきしか!」と、若い男は言った。「あれで、しかだって言うのかい?」
「 蠟 は好き?」と、シビルは聞いた。
「なにが好きかって?」と、若い男は聞きかえした。
「蠟よ」
「大好きさ。きみは?」
シビルはうなずいた。「オリーブは好き?」と、彼女は聞いた。
「オリーブか――好きだよ。オリーブに蠟か。ぼくはな、この二つがなくちゃ、どっこへも行けんよ」
「シャロン・リプシュッツ、好き?」と、シビルは聞いた。
「――(略) だから、おじさんはあの子が大好きさ」
シビルは無言のままだった。
「あたし、蠟燭を噛むのが好きよ」ついに彼女はそう言った。
オリーブとろうが必需品の成人男性 vs
ろうそくを噛むのが好きな幼女
いい勝負です(?)。
「蠟は好き?」の部分は英語だと、
"Do you like wax?"
となっているので、これは、six → wax というような言葉遊びというか、sixを発音しているうちに(シビルちゃんの中で)waxが繋がったというような感じだと思います。
six →sex →Saks ,six →wax
6関連でやたら韻を踏んでいます。
オリーブに関しては、お母さんはマティーニを飲みに行くけどオリーブは持って帰ってきてあげるからね、というシビルママの発言と繋がり、シビルの好物だったと分かります。
オリーブとろうそく。これを深読みするとどうなるか。
オリーブに関しては、ノアの箱舟の話に登場します。大洪水の後、人間が住める土地を探してノアはカラスと鳩を放ちます。その後、鳩がオリーブの葉を咥えて戻ってきたことから、「我々が住める土地がある!」という希望がもたらされます。大洪水終了のお知らせを伝えてくれたのが、鳩&オリーブというわけです。
ろうそくに関しては、イエスキリストそのものや生命を表します。そのろうそくを噛んでしまうというシビル。
の図なのかな、と思います。また、イエスキリストは死後に復活した人物です。死と再生ですね。
死後には復活があり、死は単なる悲劇ではない、という意味で平和の象徴たるオリーブが”ろうそくを噛む”行為とセットで用いられているのかな、と思いました。ちょっと無理やり感ありますかね。
「倒錯の森」について
「バナナフィッシュにうってつけの日」が発表される前年、1947年に雑誌に掲載されたものの、単行本化などはされなかった、いわば失敗作にあたるものです。
原題は“The Inverted Forest"
Not waste land, but a great inverted forest with all foliage underground.
荒地ではなく、木の葉の全てが地下にある大きな逆さの森なのである。
という一節があり、これもまたT.S.エリオットの「荒地」との繋がりを感じます。
これは物語の中の登場人物レイモンド・フォード(Raymond Ford)が書いた詩であり、作品タイトルもこれに由来しています。
大学卒業後、コリーンはヨーロッパに渡り多くの男性と出会い、恋人の一人を交通事故でなくし、その後ニューヨークに移り大学時代の古い友人ロバート・ワナーに連絡を取って職を得る。
ロバートから「臆病な朝(The Cowardly Morning)」という詩集を紹介され、それは「コールリッジ*1とブレイク*2とリルケ*3が一つになったような、というかそれ以上の」代物らしく、それを読んだコリーンは詩の象徴性に感銘を受け、作者の情報をもっと知りたいとロバートに聞いたところ、彼の名はレイモンド・フォードといい、名誉ある賞を2度も受賞しており、(シーモア・グラスが教鞭をとる)コロンビア大学で講師をしているとのことだった。コリーンはレイモンドに魅了され二人は恋仲に……
概ねこんな感じのようです。
コリーンが少女時代に恋したレイモンドと時を経て(19年後)再会、そして結婚。ロマンチックな話に見えますが、そこがメインという訳ではなさそうです。詳しい内容はこちらでご覧いただけます。むしろこのサイト見れば私の解説とかいりません。
サリンジャーにとって、神秘的な精神性の価値を読者に啓蒙することを試みた初めての作品だそう。
精神世界や神秘的なものを芸術的観点から追求した読み物みたいです。興味ある方はぜひお調べになって私に教えてください。
追記:アメリカでは出版されていませんが、日本で出てました!
おわりの一言
やるべきところをやらず、やらなくてもよいところをやってしまったような回でした。インプットとアウトプットがいつも上手く機能しなくて困ってます。ニューロン頑張れ。
あとは謎解きとか迷探偵が殆ど虫の息になっていることに気がつきました。迷探偵とかとっくにご臨終された模様。
謎解きなのか考察なのか解説なのか。どれも中途半端になっているという絶望的な事実からは目を背け、強く生きていたいです。こちらからは以上です。
ありがとうございました。
*1:サミュエル・テイラー・コールリッジ(1772-1834) イギリスのロマン派詩人、哲学者。思想家としても一流のとにかくすごい人。
*2:ウィリアム・ブレイク(1757-1827) イギリスの詩人、画家。幻想的な絵を描くすごい人。
*3:ライナー・マリア・リルケ(1875-1926) オーストリアの詩人。20世紀ドイツを代表するすごい人。