⑤ J.D. サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」徹底考察!戦争が人に与える影響はあまりにも大きい
はじめに
タイトルを変更しました。なんせ、ナインストーリーズどろかバナナフィッシュでさえ全く進まないんでね。
1記事1謎しか解けないという残酷な現実。本日は場面(1)における4つ目の謎に挑みます。探偵ぶりをどうぞ見守ってください。
続・謎解き
謎①~③は過去回にて
謎④おばあちゃんに手厳しいシーモア
戦場帰りの娘の夫の精神的不安定から、娘の身を案じている母親。
「ミュリエル。こんどは、わたしの話をお聞き」
「聞いてるわよ」
「お父さんはね、シヴェツキー先生に話してみたのよ」
「まあ?」と、娘は言った。
「なにもかも全部、話したの。すくなくとも、お父さんは、話したって言ってたわ――なにしろあのお父さんのことだからねえ。木のことも。あの窓のことも。あの人がおばあちゃんのとこへ、ひどい口のきき方したこともよ、ほら、おばあちゃんの、あの死に方のことで。それから、バーミューダの、あのきれいな写真、あれをみんな、あの人があんなふうにしちまったこともね――なにもかも」
「そおう?」と、娘は言った。
「そうよ。そうしたら、シヴェツキー先生の言うには、まず第一にね、極めつきの犯罪ですって、軍隊があの人を退院させたのは―—ほんとよ。(略)―—シーモアは自分で自分の押さえがすっかりきかなくなるかもしれないってね。ほんとよ」
「このホテルにも精神科の医者がいるわよ」と、娘は言った。
引用:「バナナフィッシュはもってこいの日」(著)J.D.サリンジャー (訳)鈴木武樹
【判明】
【不明】
- 窓のこと
- おばあちゃんにやたら風当たりが強いこと
- バミューダの写真のこと
これを解くにあたって重要なのはやはり、戦争経験。
サリンジャー自身も第二次世界大戦に従軍したのち、1948年にこれを世に出しているわけです。
迷探偵は思った。
「サリンジャーの戦争体験を追えば、謎はおのずと解ける……!」
知らんけど。
第二次世界大戦とサリンジャー
①→②→③と、サリンジャーが実際に経験した順に追っていきます。
また、サリンジャーの戦争体験がシーモアの言動に反映されているという前提で、謎解きしていきます。
①ノルマンディー上陸作戦
1994年6月6日
史上最大規模の上陸作戦。D-day 当日、約15万人もの兵士が5つの地点から上陸を決行。サリンジャーは第二陣としてこの作戦に参加。
詳細な数字と白黒写真で構成されたシンプルな記事ですが、当時の様子が克明に伝わってきます。
私的な話になりますが、最初の兵士は肉壁だよ と、喜怒哀楽をそぎ落とした声で言っていた戦争経験者の言葉が忘れられない。
②ヒュルトゲンの森
1944年9月から1945年2月にかけてドイツ・ベルギー国境沿いの深い森で行われた、ナチスドイツ軍とアメリカ軍の戦い。サリンジャーは、ここでの戦いに相当苦しめられることになります。
シュミット攻防戦でアメリカ軍は6,184名の犠牲者を出すこととなったが、これはノルマンディー上陸作戦のオマハ・ビーチの犠牲者4,000名を上回った。一方、ドイツ軍の犠牲者は3,000名足らずであった
この戦いにおいて参加した若干の部隊はオマハ・ビーチでも戦ったことがあり、この2つの戦いを比較して、ベテラン兵はヒュルトゲンの森で行われた戦いがオマハビーチよりもかなり血なまぐさい戦いであると語った。
出典:ヒュルトゲンの森の戦い - Wikipedia
最悪の状況
- 針葉樹が密生した起伏の多い森であるため、戦車などの軍用車両の移動が制限される
- 冬の悪天候に加え、上空からでは背の高い木々に遮られ内部の状況が見えないため航空支援が受けられない
- ドイツ軍がしかけた地雷や有刺鉄線が雪に覆われて見えない
極寒の中、湿った冷たい雪は体温を奪い、数少ない開けた場所ではドイツ軍の格好の的となる。まともな道が殆どないため物資の輸送は困難となり、兵士は孤立。掩蔽壕に身を隠すドイツ軍が、機関銃と砲撃を浴びせてくる。まさに地獄の森でさまようしかないような状態。あまりの恐怖から精神的に異常をきたし自傷行為に走る兵士も存在したという。
地面に伏せてはいけない
通常、砲弾は着弾と同時に爆発するが、ドイツ軍は信管に細工をしており、木の枝に触れると空中で炸裂するようになっていた。砲弾による攻撃時は地面に伏せると訓練されたいた兵士たちは、高温の鉄の塊を浴びた。木にしがみつくことで被害を最小に抑えられるとわかるまで、これにより多数が負傷した。
③ユダヤ人強制収容所
強制収容所の、口にするのも憚られるような非人道的行為は多くの人が知っているだろうが、ここで特筆すべきことは、サリンジャー自身がユダヤ人の血を引いているということ。(父親がユダヤ人・母親はアイルランド系アメリカ人だった)
強制収容所の開放を目的としたアメリカ兵としてやって来たサリンジャーは、同胞が廃棄物か何かのように扱われているのを見ることとなる。うず高く積み上げられている死体の山から、かろうじて生きている人の呻き声が聞こえ、人体が焼ける匂いがする。
そんな場所が、現実に存在していた。
解④ 戦争の傷は癒えない。ましてそんな短期間では
沖縄の海はバミューダ諸島のように観光地として人気の場所ですが、第二次大戦時、日本本土における唯一の地上戦が行われた場所でもあります。9万人の日本兵が命を落とし、民間人でさえ1万人近くが亡くなったとされています。見る人によっては、美しい海とは感じないでしょう。
バミューダの素敵な写真にシーモアは何かひどいことをしたそうですが、それはやはり、ノルマンディー上陸作戦と密接な関係があると考えられます。
(上陸地は北フランスであり島国ではありませんが、海岸線沿いからの上陸ということで、似たような景色である可能性は高い)
美しい海と島がシーモアの目には「嘘」として映ったのか、記憶がフラッシュバックしたのか、断定はできませんが、そのようなことが原因と推察します。
また、おばあちゃんにひどい口のききかたをした、という点については、戦争に行ってすっかり生死観が変わってしまったからでしょう。
日本語を読んだ時点では、既に亡くなったおばあ様を罵倒したのかと思っていましたが、どうやら違うようです。
Those horrible things he said to Granny about her plans for passing away.
出典:J. D. Salinger “A Perfect Day for Bananafish”
(訳)おばあちゃんの死の計画について、ひどいことを言ったこと。
- 家族に看取られて穏やかな死を迎えたい
- お墓にはこんな文字を刻んでほしい
- お葬式には誰々は呼んでほしい(もしくは呼ばないでほしい)
- 遺影はあの写真がいい
- 死化粧はこういう風にして
等々、おばあちゃんなりに希望や計画があったのかも知れません。
これらに対してシーモアは、
「死を演出するなんて馬鹿げてる」
「死んだら全て終わりなんだから死後のことを考えても無駄だ」
といった主旨の発言をしたと推察します。
戦場で無惨に散っていった仲間の姿や収容所で積み上げられた死体の山を見た後では、安らかな死や意味や価値のある死に方など、到底受け入れられないものになっていたのでしょう。
え~……
窓の件については手掛かりが足りずよく分かりません(放棄)。わかる方教えてください(自棄)。
以上。
謎①「 木だけに、気がおかしくなる、のか……?」がまさかの真実だったと判明
今回サリンジャーの戦争体験を掘り下げたことで、謎①がより明確になりました。この記事の第2回で、自傷行為として木にぶつかっていったという答えを出しましたがいまいち納得しきれず、でした。
原文を参照しても「木(tree)」であることに意味がある気がして木がかりでした(誤字)。
前述しましたが、ヒュルトゲンの森での戦いにおいては、空中炸裂弾という、通常とは異なる砲弾の攻撃を受けました。地面に伏せるのではなく、木にしがみつくことで、被害を抑えることができたわけです。
このことから、シーモアは木を目に入れないようにする必要があったし、木を目にして気がおかしくなるのは、笑えない冗談だったということになりそうです。
本日も謎④を解いたのみで全てを使い果たしました。
想定内。
謎⑤ そこに、タトゥーはあるんか?
次回を心待ちにしてください。
終わりに
この記事を読んだ方が、「バナナフィッシュが読みたくてたまらない。読みたくて読みたくて気がへんになりそうだ」と血走った目で書店や図書館に奇襲をかける姿を見ることを目標に頑張っていますが、目下のところ己が充血した目でPCの画面を追っています。
もし目標通りになったらとっても嬉しいので、ぜひ報告をお願いします。
最寄りの図書館で無料で借りられると思います。
電子書籍も一応置いておきます。