ブラームスの子守歌

面白かった小説、お気に入りのドラマ、心に響く映画などを考察したり感想を書いたり。

②マーロウにはもっと率直に喋って欲しい。コンラッド「闇の奥」を読んだ

 

はじめに

 

いきなりですが、前回の自分の感想を全否定したいです。

発展途上国開発を支援する先進国として使命感を持って開拓に取り組んでいる場合は「世界をよりよくしている」のでOK。というのが語り手マーロウの感覚なのかもしれない。ただ現代ほど倫理観が発達していないので、あくまで彼らが「未開人」ということに変わりわない。
未開人である君たちを、我々文明人が導いてあげよう。そしてそれは君たちにとっても良いことなのだ。的な感覚は、著者自身もどこかに持っていたんだと思う。けれど実態を見た限りでは、ただの搾取じゃないか、と。

等々言っておりましたが、前言撤回

 

むしろこの上から目線なスタイルを滑稽だと感じていたように思えました。我々は大義を成しえているのだといった自国礼賛の雰囲気に疑問を呈していた、もっと言えば辟易していた。そんな感じ…?

 

マーロウの皮肉スキル

 

どなたかは忘れましたが、こんな言葉があります。

もし人を笑わせたいなら、君の夢を語ってごらん

チャーミングな雰囲気でありながら的確に内臓を抉ってくる名言です。短い言葉で最大のダメージを与えてくる点もポイントが高いです。

 

この方に勝るとも劣らないマーロウの皮肉スキル。好きでした。

 

彼は慇懃無礼型の嫌味が多いです。突き放すような冷笑的な表現や、敢えて愚か者を演じつつ本質を突いてくるスタイルも得意なよう。油断ならないピエロです

 

いくつか引用してみます。

 

マーロウがコンゴへ赴任する前。船長としての雇用契約を結びにベルギーに出向いた際。世界地図かアフリカ大陸の地図かは不明ですが、イギリス領が赤く塗られているのを見ての言葉。

(略) 壁の周りには質素な椅子があり、一方の端には、虹のようにあらゆる色で塗られた輝くばかりの地図があった。かなり広い地域に赤があった――いつ見ても気持ちがいいもんだ。そこでは何か本当の仕事がされているということを知っているからね

これは読んでいくと気がつくのですが、「特に何もしていない・無意味なことをしている」を表現していると思われます。

 

そして雇用主となる男が登場。

顔色が悪く丸々と太ったような印象の男の姿が見えた。彼は大した男だった。背の高さは五フィート六インチ位あったと思う。そして何百万もの人々を支配していたのだ。彼は僕の手を握ったと思う。そして何かブツブツ呟き、僕のフランス語に満足した。では、よい旅を。ボン・ボワイヤージュ。

身長は約168㎝(この時代ではちょうど平均辺り)。「何百万を束ねる大した男」の言葉を「何かブツブツと呟き」で終わらせるマーロウ。彼的にどうでもいい存在だとということなのでしょう。2秒後にボンボヤージュで締めて終わらせるリズムの良さもツボ。

 

 

黒人が奴隷のように働かされている仕事場付近で穴を見つけたマーロウ。

僕は誰かが斜面に掘っていた大きくて人工的な穴を避けた。その目的が何なのか、僕には分らなかった。それは、とにかく石切り場でも砂堀場でもなかった。ただの穴だった。罪人達に何か仕事を与えようとする、博愛的な欲求と関係してたのかもしれない

「罪人」はマーロウ自身の表現ではなく、周りの人間が黒人を罪人扱いしていることへの皮肉

これは慇懃無礼型の嫌味に分類したいと思います。

 

 

滞在中の出張所にエルドラド探検隊なるものが来た後の話(マーロウは彼らを海賊と変わらないと評している)。

(略) 海が飛び込んだ人間を呑み込むように、荒野は彼らを呑み込んだ。ずっと後になってロバが死んだというニュースが届いた。だがロバより価値のないものの運命については知らない

これは結構ストレートですね。黒人ではなく白人に対する表現です。

 

 

労働奴隷を統率している白人と目があった時のマーロウ

彼は(略)、白い大きな歯を見せてニヤリと卑しそうに笑い、囚人達をチラッと見て、彼の高尚な信頼へと招き入れようとしているようだった。結局僕もまた、こうした高尚で正当な事業の偉大なる大義の一部だったのだ

慇懃無礼型 + 限りなく自分を突き放したシニカルな表現

 

もっともっとたくさんあるのですが、前半3割くらいに登場する部分、その内の一部を書き出してみました。

 

個人的名シーン

 

どう考えても笑いを取りに来ているとしか思えない。長かったので、断腸の思いで前半はカット。

 

マーロウの船が壊れてしまい(意図的に壊された)、修繕には(リベット)が必要なのになかなか手に入らない。というシーンです。ボイラー造りの職人さんとの会話。

 

僕は彼の背中を叩いて叫んだ。「リベットが手に入りますよ!」彼は自分の耳が信じられないかのように、急に立ち上がって叫んだ。「まさか!リベットが!」それから低い声で言った。「君……本当かね?」僕達がなぜ気狂いみたいにふるまったのか分からない。僕は指を鼻にあてて、訳ありげにうなずいた。「よかったじゃないか!」彼は叫び、片足を上げながら、頭の上で指をパチンと鳴らした。僕も踊りだした。僕たちは甲板の上ではね回った。

 

(略)
「結局リベットが来ない筈がないよ」と、ボイラー造りの男が訳の分かったような調子で言った。「もちろんだとも、本当に!」来ない理由が全く分からなかった。「三週間もすれば来るよ」と、僕は自信を持って言った。

 

 

だが来なかったんだ。リベットの代わりに来たのは、侵入、難儀、災いだった。

 

引用: 「闇の奥」著・ジョゼフ・コンラッド、訳・岩清水由美

 

吹き出しました。コンラッド先生は何を思ってこの場面を書いたのでしょう。

 

あまり暗くない場面をピックアップしました。

 

 

劣悪な環境下に置かれた労働奴隷の描写には圧倒されます。

一歩引いたような、静謐さを感じる筆致がかえって迫力を生んでいます。

リンク

 

私が読んだお二方の書評。更新された順。

pikabia.hatenablog.com

hazakishiori.hatenablog.com

 

終わりに

 

今回も本の魅力を伝えることは叶いませんでした。残念だ…

 

初読では霞の向こう側にしか物語の世界を捉えることができませんでしたが、少しずつ晴れていきました。

 

読めば読むほど味が出る、するめみたいな素晴らしい小説です。

 

ありがとうございました。