⑨ J.D. サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」徹底考察!預言者と楽園、かと思いきや荒地。深読み地獄へようこそ
◂前回
はじめに
前回はこんな感じでした。
考察
場面(1) 謎解き
こちらのページにリンクをまとめました。
場面(2) 謎解き
シビルはゴムの浮き輪を突ついた。この若い男は、これをときどき枕がわりに使っているのだ。
「空気が足りないわよ」と、彼女は言った。
「そのとおり。これ以上はだめだと思うくらい入れても、まだ足りないのさ」
(略)
「きみは元気そうだな。きみと会うと、いい気持ちだ。自分のことをなにか話してくれないか?」彼は自分の前に手を伸ばして、シビルの踵を両方とも、手で掴んだ。
「おれは山羊座だ」と彼は言った。「きみは何だい?」
「シャロン・リプシュッツが言ってたけど、おじさん、あの子を、ピアノの椅子の、隣に腰かけさせてやったんだってね?」と、シビルは言った。
色々と詰め込まれた会話です。
この中では比較的分かりやすい踵ホールドからいきましょう。
不意打ちの踵ホールド
- 「足」はやっぱり重要な記号
前触れもなく小さな子供の踵を掴むという行為。不必要な距離感の近さに読者は一瞬どきりとさせられ、シーモアの精神状態に対する評価は依然定まりません。
これ以外にも、「足」への言及が散見されます。例えば、足にあるタトゥーを見られたくない、というシーモアの主張。これは第6回で取り上げました。
肉体的な足が精神的な心を表すメタファーとして働く、という内容でした。
このことから、子供の足は、まだ汚れを知らない神聖さの象徴ととれます。
心を病んだシーモアには、その混じりけのない清らかさが眩しく、まるで吸い寄せられるかのようにシビルの足に触れたという解釈ができます。
同時に、子供でさえ完全に無垢ではないということも読者には伝わります。
—―途中、一度、立ちどまって、水浸しになって崩れた砂の城の中に足を沈めただけで、(略)
—―シビルはそう言いながら、足で砂を蹴った。
これらによって、シビルというキャラクターがより立体的に、現実味を帯びて描かれます。
謎① 突如として現れたシャロン・リプシュッツ
サリンジャー先生に遅れをとらないよう、こちらも前置きなしでいきます。
カナン(Canaan)ってご存知でしょうか。ユダヤ教における約束の地です。今でいうパレスチナ地方に当たります。
出典:googlemap
黄色で囲った辺りがカナンです。シャロンは左上、紫で塗りつぶしてある辺りです。
ここは約90㎞に渡る平原なんですけど、草木が豊かな肥沃な土地なんです。砂漠が多く乾燥したこの地域では、特別な場所。
旧約聖書には「乳と蜜が流れる広い土地」と記されています。
つまり、シャロンはユダヤ教とキリスト教世界における理想郷であるといえます。そして、そこに咲くシャロンの白い薔薇は、純潔の象徴とされます。
これが、シャロン・リプシュッツ=楽園 の図です。
このあとのシビルとシーモアの会話に引き続きシャロンが登場しますが、これを念頭に置いてぜひ深読みしてみてください。
謎② 山羊座という突然の告白
「君のことを何か話してくれないかな。俺は山羊座だ」っていう人に会ったらどうしましょう。「私はさそり座の女」とか言って応答すれば良いのでしょうか。
冗談はさておき、この、山羊座。どうやら牧神パンを暗示しているようです。
すみません、パン違いです。
パンはギリシャ神話に登場する牧神です。羊飼いや羊の群れを監視する神だそう。なのでどちらかというとこっち。
上半身が山羊、下半身が魚というインパクト強めな外見のパン。奇抜な見た目にはこんな理由が。
山羊が半分魚だったから何?と思われるかもしれません。
実は、
川(水)は再生を表すのに重要なモチーフとなります。
イメージしやすい例として、
といのがあります。
一見物語の流れを切るような「山羊座(Capricorn)」というワードを何の意図もなく入れたとは考えにくいです。「大洋の間」「漁師テント」という海(水)に関係する固有名詞が使われているのも、あえて、という気がします。
今回は、半分魚の姿をした山羊座は水繋がりとういうことでOKです。
楽園と純潔の薔薇シャロン、牧神パンときて、預言者シビルがきます。
謎③ 預言者シビルは死へ誘う
”Sybil”は古代ギリシアに起源をもつ”Sibylla”のことであり、女性の預言者、すなわち神の信託を受ける巫女のことを意味します。
余談ですが、アニメ「サイコパス」に「シビュラシステム」ってありましたよね。それはおそらくこの”Sibylla”からきています。全能感あってカッコイイ。
これらの①-③を死と再生のテーマに重ねて会話を読むと、内容が全く違ったものに聞こえてくるから不思議です。
そして案の定、「荒地」までたどりつけませんでした。これこそ、考察する上で非常に重要となるものだったのですが……。
次回ですね。想定内!
”I will show you fear in a handful of dust”
一握りの塵で、お前に恐怖をみせてやる
T.S.Eliot”The Waste Land”
—―シビルはそう言いながら、足で砂を蹴った。
終わりに
これだけやった後にいうのもアレなんですけど、深読みするのはあまり好きじゃないんです(笑)
何にでも意味を持たせようとする結果、物語の世界観を逸れたり、リズムが失われたりする気がして。「もはやこじつけじゃない?!」ってなったりもするし(笑)
それって読書の醍醐味とは異なるものですよね。少なくとも、私はそう。
でもね……、
とうの昔に、考察と深読みの境界を見失ってるんですよ、こっちは。
沼でもがきながら次回も頑張ります。
次回▸