③J.D. サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」徹底考察!1948年のミス精神的売春婦とかいうパワーワード
◂前回
はじめに
「バナナフィッシュにもってこいの日」「バナナフィッシュにうってつけの日」「バナナフィッシュ日和」
などと訳されるJ.D.サリンジャーの短編小説、「A Perfect Day for Bananafish」を考察し始めたも全く進まず、はや3本目の記事に突入しました。
鈍行でご案内しておりますが、小説未読のかた、知識ゼロの方でも楽しめる内容になっております!
敷居の高さレベルで言えば最低ライン、海抜0mです。何一つまたぐ必要はございません。
この記事を読んだ方が、バナナフィッシュが読みたくてたまらない。読みたくて読みたくて気がへんになりそうだと血走った目で書店や図書館に奇襲をかける姿を見ることができたら、この上ない喜びです。そこを目標に設定して頑張ります。
前置きに500文字近くつかってしまいました。前回、巻きでいくと宣言したような気がするので、たぶん脳のどこかしらに問題があるのだと思います。
好きな言葉は今だけ半額!
苦手な言葉は有言実行 です。
よろしくお願いします。
続・謎解き
ご参考までに、これまで私はいかなる小説でもドラマでも、ミステリーを題材とした創作物で犯人を当てられたためしがないということをここに記しておく。心配はない。泥船に乗った気持ちでどんと構えよう。
謎②「1948年のミス精神的売春婦」というパワーワード
では早速引用から。娘(ミュリエル)と母親の会話の続きです。
「あいかわらず、おまえのこと、呼んでたかい、あのひどい――」
「ううん。いまでは、またべつの名、使ってるわ」
「どんなのを?」
「まあ、それがどうだっていうのよ、お母さん?」
「ミュリエル、わたしゃ、知りたいんだよ。おまえのお父さんが――」
「わかった、わかったわ。あの人はね、あたしのことを、『一九四八年のミス精神的売春婦』って、呼ぶのよ」
娘はそう言って、クスクス笑った。
引用:「バナナフィッシュにはもってこいの日」(著)J.D.サリンジャー (訳)鈴木武樹
いや……
笑えないんだが??
このユーモアについていく素養が私にはないっぽい。
"It isn't funny, Muriel. It isn't funny at all. It's horrible. It's sad, actually. When I think how-
引用:J. D. Salinger “A Perfect Day for Bananafish”
「笑えないわ、ミュリエル。ちっとも笑えないわ。ひどい話よ。ほんとうに悲しい話だわ。私がどれだけ――」
ミュリエルママも同意見の模様。
そもそもこれはユーモアなのか?皮肉ではなくて?と、多くの方々が感じたことを願って先に進めます。
手がかり求めて原文を参照。英語では、
Miss Spiritual Tramp of 1948
と書かれています。順に行きましょう。
①Missは独身女性につける敬称。②Spiritualは精神的な、霊的な、といったお馴染みの単語。③Tramp飛ばして④of 1948はそのまま。1948年のとなる。戦後間もない時代であり、「バナナフィッシュにもってこいの日」が初めて掲載された年。
問題は③。「Tramp」だ。鈴木武樹氏の訳では「1948年のミス精神的売春婦」、野崎孝氏の訳では「1948年のミス精神的ルンペン」となっている。(ルンペンは、浮浪者、失業者、乞食のこと)
面倒だが英英辞書で調べた。名詞としてのtrampには、4つの意味がある。
→ 野崎氏の「ルンペン」に該当
→鈴木氏の「売春婦」に該当
1番目と4番目、どちらの意味合いであろうと、なかなかのパワーワードをぶち込んでくるサリンジャー先生である。
夫はどうしてこんな風に妻を呼んだのか?そして"Miss Spiritual Tramp of 1948"は結局のところ何を意味しているのか……?
これ以降の謎解きが長い上に分かりづらいので、もう結論から言う。
シーモアは妻ミュリエルを
人の気持ちが分からない想像力の欠如した女
と痛烈に皮肉っている。
それが ”Miss Spiritual Tramp of 1984” の真の意味。
いやいいや、どっからきたのそれ。
1.「ルンペン」と4.「売春婦」どこに消えた……?
読者を遥か遠くに置き去りにしたところで、謎解きのお時間です。
解② 私のアンサーは……
カードゲームのトランプは「trump」です、というどうでもいい情報からスタートしましょう。
名詞「tramp」における4つの意味を、曇りなき眼(まなこ)で見定めました。
その結果として、私の審美眼は
2.(人・物)人が足を踏み鳴らす音
を捉えました!
「tramp」における2.の意味は、アーミーブーツをはいた軍人さん達がつかつかと行進するような、力強く足を踏み鳴らすイメージ。
また「tramp」には動詞としての用法もあり、「ドシドシ踏み鳴らす」とか「激しく踏みつける」と言った意味があります。
語源を同じくする単語に「trample」というものがあり、「(物理的に)踏みつける」の他に「(感情・権利などを)踏みにじる・蹂躙する」といった意味があります。
ふーむなるほど……。そしてそれで、こっからどうする????これがどう繋がる????
しばしお待ちください
整いました。
「二重底なのだ……!この単語には二つの意味が仕掛けられている!」
?!?!?!
迷探偵、爆誕。
補足:tramp と trample
語源を同じくする英単語に”どすどすと歩く,重い足取りで歩く”といった意味を持つ tramp があるのですが、こちらのほうが元で、trample はそれに動作の反復を表す -le がくっついて出来た語とのことです。osanpo-english.com
さあ、いよいよもってカオスです。
説明下手な人に付き合う心のご準備を。
シーモアが込めた2つのメッセージ
※ま、肉体的にってわけじゃないけどね
鈴木武樹氏は”tramp”を「売春婦」と訳されたが(おそらく短く説明するのに最適な単語だった)、物語のリズムを崩して時数を割いてよいのであれば、性的サービスの対価として金銭を受け取る「売春」はどこか違う気がする。
an offensive word for somebody, usually a woman, who is thought to have many sexual partners
出典:https://www.oxfordlearnersdictionaries.com
(訳) 多くの性的なパートナーがいると考えられる女性
しかし、たとえ職業としての売春婦でなくても、いわゆる男好きであるような女性を侮辱する表現として売春婦や娼婦という単語が使われるのは皆さんもご存知のこと。結果的に、売春婦が最適ともいえる。どっちだよ。
”Miss Spiritual Tramp of 1984” においては、”tramp”の前に”spiritual”を挟んでいることで、それは「肉体的(physical)に体を売る」、の意味とは一線を画し、ただの侮辱から皮肉たっぷりのユーモアになる。シーモアは妻ミリュリエルがこのように受け取るだろうと予測した上でこのあだ名をプレゼントする。
1の下にはさらなる皮肉がある。それは帰還兵に対する想像力の欠如や感情の深みがない妻に対するメッセージ。「spiritual trump」直訳すれば、「精神的な 踏みつける音」には、「土足で人 (=シーモア) の心を踏み荒す」という真の意味が込められている。
「だけど君はそんなこと気がつかないだろうね。なんせ感受性に乏しいからね……」
陰鬱な表情で唇を歪めて笑うシーモアさんが目に浮かぶようだ。皆さんも見えているだろうか。暗黒微笑するシーモア・グラスが……。
冗長な説明が続いたので、遥か昔に出した結論をもう一度。
結論
シーモアは、妻ミュリエルを人の気持ちが分からない想像力の欠如した女だと、痛烈に皮肉っている。それが "Miss Spiritual Tramp of 1984" の真の意味。
回りくどく2000字くらいつかったが、結局2行でよかったらしい。
2行で終わるものに2000字かけた迷探偵。
これはもはや才能といえる。
以上。
謎を1つ解くのに全てを使い果たし早くも瀕死の状態である。
謎③ドイツ語で書かれたシーモア激推しの詩
次回に持ち越します。
謎④おばあちゃんに手厳しいシーモア
これも次回にしましょう。
謎⑤そこに、タトゥーはあるんか?
これ(以下略)
どこまで進んだっけ……?
私の記憶によると、最新の進捗状況はこんな感じ。
絶望的なんだが...
続きはまた今度。ありがとうございました。
▸次回