④J.D. サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」徹底考察!サーカズム満載で語られるミュリエルとドイツ語の詩
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はじめに
「ライ麦畑で捕まえて」の著者として有名なJ.D.サリンジャー。彼の著作「ナイン・ストーリーズ」の一番初めに収録されている、これまた有名な「バナナフィッシュにうってつけの日」を深く理解しようとしたものの、底なし沼で溺れている。
ライフガードを待ちたいところだが、彼らの仕事場は青く輝く海や澄んだ水を湛えたプールである。暗く淀んだ沼は管轄外のため救出は望めないだろう。無念。
サリンジャーを推しにした覚えはないが、いつの間にか沼ってしまった。この場合、もっと深く潜ることで問題が解決する可能性がある(錯乱)。
ということで参りましょう。迷探偵は本日も健在。
一連の記事のメリット・デメリット
最大のメリット
「バナナフィッシュにうってつけの日」を一文字たりとも読んだことがない方でも楽しめる!
最大のデメリット
「バナナフィッシュにうってつけの日」の内容を知っている・既読である方は、地獄のように退屈な時間を味わう可能性。
良く言えば「細やかで丁寧」悪く言えば「冗長で要領を得ない」
物は言いようです。
続・謎解き
本日は場面(1)の大枠をなんとなく捉えたうえで個別の謎に挑もうと思います。
(1)のあらすじをもう一度
とあるホテルの一室から始まります。電話が鳴り、若い女性がそれをとる。相手は女性の母親から。親子の会話が長々と続きますが、肝心なところには触れず、主旨が何なのかよく分からないままに終了。
こんな感じでした。
ミュリエルを知れば、謎はだいたい解ける説
場面(1)のほとんどが、親子(母親と娘のミュリエル)の会話で占められており、彼女がどんなタイプの人間なのか、読み手は推測できるようになっています。
ですが、その前。冒頭部分にも実は結構な文字数が割かれており、ミュリエルの行動を事細かに描写しています。
ホテルには広告マンが97人も滞在していて彼らが電話線を独占していたので、507号室の女性(ミュリエル)はニューヨークに繋いでもらうのに正午から午後2時半近くまで待たされていた
といった内容の一文から物語はスタート。その後、2時間半の待ち時間に彼女が何をしていたかが綴られます。曰く、
- 女性向け雑誌の『性は喜びか地獄』という記事を読んだ
- 櫛とブラシを洗った
- ベージュのスカートからシミを抜いた
- ブラウスのボタンの位置を変えた
- ほくろに新しく生えてきた毛を抜いた
- 手にマニキュアを塗った (あともう少しで塗り終えるところだった)
だそう。
「身綺麗にしてる女性だな~。いかにも女性っぽいな~」
と、言うのが初読の感想であった。IQが低そうだが、実際にはもちろん低いので安心してほしい。
ただ、この「身だしなみに気を遣っている」はポジティブな意味ではないらしい。さすが、皮肉界の帝王・サリンジャー。サーカズムにかけて彼の右に出るものはいない。知らんけど。
「嫌み」と「皮肉」の⼼理学 ・“文字どおりではない言葉"が意味するもの ・ 「アイロニー」と「サーカズム」の定義とは?
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✕ 外見に気を配っている素敵なレディ
〇 見た目しか気にしてない薄っぺら人間 ※しかも俗物的
話はこういうことだ。
※しかも俗物的 に関しては、女性誌を読んでいることがそれにあたる。芸能ゴシップやトレンドファッション。最新美容法にダイエット食品。恋愛に関するあれこれや占いまで。
サリンジャー先生は俗物的なものがお気に召さないタイプなのです。
そもそも、文学の世界で「俗物的」を是とするのを見たことがない。かといって、文学的なものと俗物的なものは相容れない同士なのかというと、そうでもない。
俗物的空気感を極力控えて俗物的なものを描写する
むしろこっちだと思う。何を言っているか分からないと思うが、私も分からない。
つまり…………
錬金術師ってこと。
どんな俗物的なものもエモいものに変換しちゃう。それが文学小説家。
たぶん、キッチンのゴミ箱に捨てられた半額シールつきのお惣菜のパックを見ても、その光景をエモく描写できると思う。なんてったって錬金術師だからね。
てか、文学の世界なんも知らないのにドヤ顔で語った上に本題からめちゃめちゃ逸れたんだが?!?!
ま、いつものことか。あんま気にならなくなってきた。元に戻ります。
……何だったっけ?
ああ、ミュリエルが外見ばっか気にしてるぺらっぺらの人間ってところね。
サリンジャー「いやそこまでひどくは言ってない」
ついに大先生が喋りだしました。
真面目にいうと、ミュリエルの人物像への手掛かりは他にもある。
2時間半待たされた電話が鳴りだした時、彼女は小指のマニキュアを塗り終えていなかったのだが、
① 刷毛で丁寧に爪のカーブをなぞって仕上げ
② 刷毛を戻してキャップを閉め
③ 手を振って乾かして
④ 乾いた手で灰皿を引き寄せて電話のあるナイトテーブルまで運び
⑤ ツインベッドの空いているほうに腰掛け
⑥5回目か6回目の呼び出し音で電話を取る
はよ出ろや
例え生粋の関東人だったとしてもこのようにツッコミを入れただろう。
ミュリエルのプライオリティはこう
母親からの電話< 自分の爪(見た目)
あらあら、薄情な娘さんだこと
と読者が分かるようにしてくれている。最も、私は気がつかなかったが。
「あー、お母さんと話すの嫌なんだろうな」とか
「動じないタイプなんだなぁ」と思っていた。
このように、サリンジャー先生は隙あらば遠回しな嫌味をねじ込んでくる。
ねじ込み続けてくる。
ここから母と娘の会話が始まる。
やっっとスタート地点に戻って来た。
(考察が始まったのは第2回。第1回はご想像の通り、そこまでたどり着かなかった)
母親が娘の身を案じまくっているのに対して、娘はクスクス笑えるほど余裕なご様子。
謎①「木だけに、気がおかしくなるのか……?」と、謎②「1948年のミス精神的売春婦というパワーワード」は既に解決したので、その続きから。
謎③ドイツ語で書かれたシーモア激推しの詩
お二方の会話からどうぞ。
「お母さん」と娘は口を挿んだ。「あたしの言うこと、聞いてよ。ねえ、あの本のこと、覚えてるかしら、あの人がドイツから送ってきたあれよ? ほら――あのドイツの詩の本。あたし、あれ、どうしちゃったのかしら? いっしょうけんめい思い出して――」
「あれなら、あるわよ」
「ほんと?」と、娘は言った。
「確かよ。だって、あたしがあずかってるんだもの。フレディの部屋にあるわよ。おまえが忘れてったんだけど、わたしんとこにゃ場所がなかったものだから――それがどうしたの? あの人、要るんだって?」
「ううん。ただ、あの本のこと、聞かれたものだからね、車の中で。あれ、読んだかって、言うのよ」
「あれ、ドイツ語じゃないの!」
「ええ、そうよ。そんなことはどうってことないわ」と、娘は足を組みかえながら言った。「あの人が言うのにはね、あの詩を書いた人こそ、二十世紀でたったひとり、偉大な詩人なんですってよ。翻訳かなにか、買えって、言ってたわ。それか、ドイツ語、勉強せよってね、ねえ、どうでしょ?」
引用:「バナナフィッシュにはもってこいの日」(著)J.D.サリンジャー (訳)鈴木武樹
・・・どうでしょ?って言われても困る。
「詩の本はまだしも、ドイツ語はハードル高すぎ。しかも翻訳を買えっていうのはまぁわかるんだけど、それ以外の選択肢にドイツ語学習を挙げるのはヤバない?」
ええ、私は俗物です。
ここでのサリンジャーポイントはやっぱり、「ミュリエル、マジ薄情~」ってことなのです。
解③ 詩にこだわる理由
- 戦地に赴いた彼から送られてきた本を、読まないどころか実家に置き忘れ、しかも実家に置き忘れたことさえ忘れている
詩ってまさに、「心」を表現するような、非常に情緒的なものもですよね。戦地であるドイツから、わざわざシーモアはそれを送ってきたのです。普通、読めなくても肌身離さず大切にしますよね。きっとそこには、彼の想いが込められているから。
- この詩に心が慰められた
- この詩を読んで戦争を乗り切れた
- くじけそうな心を繋ぎ止めてくれた
- 自分の気持ちを代弁してくれている
様々な理由が考えられますが、
これを理解することで、今の自分の気持ちも察してほしい
自分の心境を妻に理解して欲しかったんですよね、シーモアは。だからドイツ語だろうがなんだろうが、激推ししてきた。
以上。
追記: ドイツ語の詩に関してはリルケというのが定説のようです!
謎④おばあちゃんに手厳しいシーモア
勘のいい方は分かっているだろうが、次回。
謎⑤そこに、タトゥーはあるんか?
次回。なんなら次の次の回だよね。
進捗はこんな感じ
今日もぜんっぜん進まなかった。
(錬金術師のくだりとか、大いに反省したい)
だけどめちゃくちゃ想定内なのでよしとする。
あ、これヒッチハイクしちゃってるね……
……それも含めてヨシ!
ありがとうございました。
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