心が擦り減ってしまった大人に読んで欲しい――隠れた名作「ジャノメ」
はじめに
人が残酷に殺されるミステリーも、心がひりひりするサスペンスも、迫真の社会派小説も、面白い。
だけど今はそういうの、読みたくない。疲れてるから。現実社会の暗い部分には、一切触れたくない。
そういう時、私は児童書を探す。
人目を引くようなキーワードがなくても、一旦本を開いてしまえば最後まで読み切っている。緩急が激しいわけではないのに、最後まで飽きさせない。
心の奥に陽だまりを置かれたみたいに、ゆっくり、じわじわとしみ込んでくる。私にとっての児童書は、そんなイメージ。
たった数行のあらすじだけで決めたこの本。
皮肉屋で悲観的で薄情という最凶の3Hをコンプリートする私だが、最後の方は、涙しながら読んでいた。
「あれ?私にもまだ綺麗な心が残ってるのかな……??」
こんなに泣かされるなんて、自分でも驚いた。
「愛と感動の物語」
とかいう帯は絶対につきそうにない。そういう煽りがされている本は大抵、ボロボロ泣くほど感動しない(私調べ)。ま、確かに感動的ではあるよね、くらいにとどまる。
でもきっとこの本で、泣きそうになる大人は多いと思う。
あらすじ
1年目の夏、山の上動物園のメスクジャクは少年と出会った。3年目の夏、1羽とひとりでボール遊びをした。5年目の夏、メスクジャクは待っていた…。成長の痛みと愛を描いた1羽の鳥と少年の物語。
「ジャノメ」著者:戸森しるこ 出版社:静山社 より
昔はよくドームの外に出て園内を動き回っていたのに、今では引きこもりのメス孔雀、ピーコ。その原因はどうやら、昔知り合った男の子と関係があるようで……?過去と現在を行き来しながら描かれます。
感想
「さすらいのジャノメ」と「引きこもりのピーコ」
過去と現在を行き来するうちに、この2つが1つの意味になっていく。
その過程は、個性豊かな動物やユニークな飼育員達と共にあるが、それぞれが悩みや問題を抱えていて、決してお気楽に生きているわけじゃない。
児童書と侮るなかれ。素通りするようにただ目で文字を追うだけでは、きっと物語の構造が分からず置いてきぼりになってしまう。
人間ドラマだけでなく、それぞれの習性を上手く捉えた動物ドラマは読みごたえがあるし、伏線は些細なものから、物語の核に繋がるものまでいくつも張ってある。
そしてラスト。過去と現在は一本の線でつながり、伏線も鮮やかに回収される。
終盤に入る頃には結末の想像がつくかもしれないが、それでも胸が苦しくなる程の切なさは変わらない。成長の痛みと愛というテーマは、しっかりと読者の心を掴んでくる。
終わりに
感動させることを目的としていない小説の方が、かえって刺さったりしますよね。
本当はもっと書きたいんですけど、ほんの少しでもネタバレするのがもったいなくて言えませんでした(笑) そしてほとんど何も言わず良さを伝えるのは難しい……
剥がれかけた心に染み込んで、無数にある小さな擦り傷を直してくれる。
大人にこそぜひおすすめしたい、素敵な小説です。
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